Q&A
【4】不妊症の治療について
61. 望ましい不妊治療のありかた
今日、生殖に関し個人の権利が最大限に認められなくてはならないという考えは、リプロダクティブライツ(reproductive rights)として社会に受け入れられるようになりました。特に「いつ誰と結婚し、何人の子供を持つ家族構成にするかを自由に決定すること」は家族形成権と呼ばれ、個人に与えられた基本的権利であると考えられています。その権利の確保に医療が果たす役割は重要で、そのため避妊、妊娠中絶、不妊治療が行われています。その許容範囲はそれぞれの社会でことなりますが、わが国での不妊治療について、その望まれる治療の在りかたとそれを享受するための不妊の方へのサポートに関し、私は次のように考えています。
1) 家族形成権 子供を望まない夫婦にあっては、不妊は疾患ではありません。しかし、望んでも子供に恵まれない場合は、基本的権利が損なわれた状態として手厚い医学的、精神的さらに経済的サポートがあってしかれうべきであるとおもいます。その際、産まれてくる児の人権に最大の配慮が払われなくてはなりません。そこで、この権利の追求に際し、3つの規定(義務)を遵守すべきであると考えます。
2) 不妊治療で守らなくてはならないこと 第1に出生児が幸せに生きることができる医療であること:出生児が健康で幸せに生きるために最大限の努力がなされなくてはなりません。このために医療を担う側にも常に最前の手段を講じなければならない責務があります。また、親が誰であるか論争を呼び起こしている代理母や未婚者へのARTは選択すべきではないと考えます。
第2は第三者の苦痛やリスクを伴う生殖医療技術は用いるべきではないこと:卵子の提供を目的とした卵巣刺激と採卵あるいは妊娠・分娩を代行する代理母は認められるべきではありません。卵巣刺激・採卵はある程度リスクを伴うものです。妊娠・分娩にも苦痛と予期せぬ異常をもたらし健康を損なうこともあります。このような問題が起こり得ることを、第三者に委託すべきではありません。これは善意の協力の範囲を逸脱するものと考えます。
第3に生殖医療に商業主義を取り入れるべきではないこと:生殖医療は善意の範囲内で行われるべきで、営利目的の精液銀行や商業的代理母斡旋は認めるべきではないと考えます。数十万~100万円を越すお金が支払われ、時には精子提供者の能力素質の違いで値段が異なるなどと報道されていますが、まことに遺憾な事態と考えます。
3) リプロダクティブライツに対する医師の態度と役割
産婦人科の中の優生保護指定医は、法の定める範囲で医療を行使するように求められています。戦後の人口急増と食糧難の時代にあっては、人工中絶はやむをえない選択として社会に受け入れられてきました。それを安全に施行するよう医師がその実施を委託されてきました。その後、経済発展と共に、社会的理由から個人的理由に変化してきました。まさに、女性のリプロダクティブライツを守る方向で医師が重要な役割を果たしてきました。
一方、高度生殖医療の発展とともに多胎妊娠が大きな問題となりました。妊娠を望んで不妊外来を訪れる方は、「私は三つ子でも四つ子でもよいから、子供が欲しい」と言われます。しかし、多胎妊娠は胎児にとっても母体にとっても大変な負担になります。また。一度に3人もの赤ちゃんを育てた方の話を聞きますと、その子育ての予想以上の難しさに同情さえするような状態です。それでも元気に成長すればよいのですが、多胎に伴う妊娠中の合併症、早産、未熟児、時には児の障害などを見聞きするにつけ、何らかの対応が必要と痛切に感じています。
家族形成権は当事者にあり、決して医師や国にあるわけではありません。単に、多胎を減らすために胚移植は3個までにしましょう、多胎が起きない排卵誘発法を考えましょうというだけでは、多胎の完全防止にはなりません。これからも起こりうる品(三)胎に対し、諸外国のように減胎手術に前向きな対応をとるのが、不安を抱えている不妊患者の方々に対する医師の務めではないかとの指摘もあります。
減胎手術は胎児の入っている胎嚢を穿刺し、胎児の心拍動を停止させ胎児の吸収を待つ方法です。これに対し、優生保護法では、妊娠中絶は体外で生存できない時期に胎児を母体外に取り出し妊娠を終わらせるものとされ、胎嚢穿刺法は法律にそぐわず法律違反であるとの主張もあります。また、穿刺する胎児の選択は医師が行うが、医師に胎児の選択の権利はあるのかとの意見も聞かれます。
実際には医師は胎児を選択するのではなく、最も確実に穿刺を施行できる胎児を対象にしているのであって、選択などはできません。優生保護法は母体の健康を守るのが最大の目的の法律ですから、減胎手術はこの法律に最も合致したものです。中絶は胎児を母体外に排出するという法律の文言は、現在諸外国で常用されている穿刺・自然吸収法に合致していないという意見もありますが、これは法律が体外受精などという新しい治療法を想定して作られたものではなく、法律の方が実情にあわなくなったとの指摘もあります。
今一度、多胎妊娠に対する対応を、母体と胎児の幸せをという生殖医療の原点に帰り検討する必要があると思われます。また、リプロダクティブライツは当事者のために存在する権利であるということを常に念頭に考えなければ、生殖医療に対する支持も揺らぎかねません。